ジュリアン リトルトン
南アフリカ生まれ。19歳よりイスラエル国防軍(Israeli Defense Forces)に従事。国境警備、空港警備、人質救護など、数々の危険度の高いミッションに携わってきたセキュリティーのスペシャリスト。日本在住者で彼以上にクラヴマガを体現している人物はいないといっていい人物。 2016年から2018年にかけては、他国の大統領警護チームに対する技術訓練責任者として従事。クラヴマガとその警護への応用はもちろん、セキュリティに関する広範な知識と技術を他国へも教授した。2018年よりマガジムでクラスを指導。実戦的過ぎるクラスは大好評で、マガジムインストラクター達へのクラヴマガの神髄を伝える役割も果たしている。

クラヴマガで学ぶ
実践的リスクアセスメント

2024.07.15

リスク評価は誰でも日常的にやっていること

リスクアセスメントを日本語にすると「リスク評価」です。(この記事では以降「リスク評価」と記載します。)
 
その意味することは
「私たちの日常生活や仕事で直面する可能性のある危険を見つけ、その危険がどれくらいの影響を与えるかを評価すること」です。
 
例えば、道路を渡る前に車が来ていないか左右を確認することは、交通安全におけるリスク評価です。賞味期限を少し過ぎた牛乳を飲むかどうか判断することや、あまり清潔そうでないレストランに入るかどうかを考えて決めるのも、食の安全におけるリスク評価です。



このように、リスク評価とは、起こりうる危険を予測し、それに対してどのように対処するかを考えることです。ビジネス用語でよく聞ので、なんとなく難しいことのように感じる方も多いと思いますが、実は私たちは日々、無意識に自然とやっていることなのです
 
それでは今回は「護身」におけるリスク評価について話していきましょう。

自分にとってのリスクとは何か

リスク評価でまず最初に取り組むべきは、自分の生活においてどんなことがリスクなのかを考えることです。例えばナイフを想定します。ナイフを突きつけられることは私だけでなく、誰にとっても大きなリスクだと言えます。つまり皆にとって共通のリスクです。
 
ですが日本の暗い路地を歩くことは、一般的な日本人と比較して体格が大きい私にとっては、それほど危険に感じないかもしれませんが、小さな女性にはとても危険に感じるかもしれません。



このように、リスクに対する評価は、性別、体格、年齢なども影響し、人それぞれ異なります。ですから、各自が自分自身と向き合い、自分の日常生活の範囲で「これが怖い」「ここが危険だ」と感じることをはっきりさせます。そうすることで、何を準備すれば良いのかが見えてきます。
 
例えば、強盗に遭うことに対して恐怖を感じるなら、それに対する準備を始めるべきです。誘拐されることを恐れているなら、それに対する準備を始めるべきです。喧嘩に巻き込まれることを怖がっているなら、それに対する準備を始めるべきです。何が自分にとってのリスクかは、人が決めることでは無く、自分で決めるこです。

リスクは本当に現実的か

次に、自分にとって潜在的に危険だと感じるものをリストアップし、それらが実際にどれだけ起こり得るかを考えましょう。
 
極端なことを言うと、例えば宇宙人に誘拐されることを怖がっていたとしても、それは現実的ではないですよね。
 
誘拐されることを恐れている場合、そのリスクの現実性を評価するのです。自分が住んでいる地域や国で、誘拐がどれくらい一般的なのかを調べればわかります。

もし自分の住んでいる地域で誘拐が一般的でない場合、それはハイリスクではなく、ローリスクです。しかし、もし誘拐が頻繁に発生する国ならばそれはハイリスクとなり、対策の優先度が高くなります。
 
このように、自分の恐怖が単なる想像で終わるのか、現実的なリスクとして存在するのかを理解することが大切です。
 
十分起こり得る事はリスク評価のトップに置き、現実性が低いものはリストの下位に配置します。こうすることでより重要なものに焦点を当てることができます。確率の低いことを過剰に心配をしても、意味がありません。
 
自分自身を取り巻くの環境を冷静に振り返り、どんな危険が自分にとってリスクが高いかを考えましょう。

情報の収集が第一

まず自分の周囲で最も起こりやすい事柄を把握することから始めます。
そのためにも自分の生活圏内で起きている事件のニュースは、報道やSNSを通じてよく集めておくべきでしょう。いつ、どこで、どんな人がどんな被害を被っているのか、それが自分に該当するのかを現実的に考えます。
 
自分の生活圏内でそのリスクがどれくらいの頻度で起こっているのかを調べます。いわゆる「ホットゾーン」と言われる、その危険が頻繁に起きる地域を調べましょう。

特定のブロックや通りだけが危険なのかもしれません。警察やコミュニティからの情報を調べたり、近隣の住民や店主に話を聞いたりすることも有効です。これらの情報を集めることで、避けるべき場所や時間帯を把握し、リスクを軽減できます。

ハイリスクかローリスクか

ハイリスクは優先度が高いものであり、最も注意を払うべき事柄です。例えば、自分の近所に飲み屋が多く、酔っ払って人の身体を触るような輩がたくさんいる通りがあるとします。日常生活でその通りを避けることができない場合は、優先度の高いリスクです。

一方で、例えば誘拐が10年に一度しか起こらない地域に住んでいる場合、誘拐はローリスクです。可能性はゼロではありませんが、その地域の日常では意識する必要はほとんどないということです。

リスクの高いことを優先

自分にとって優先順位の高いリスクについて、それを避けるためにどんな選択肢があるのか、何をすべきかを考えます。
 
まず、リスクが発生する場所や状況を理解し、避けられるかどうかを判断します。その場所を避けられるならそれが一番ですが、避けられない場合は、リスクの低い場所や時間を見つけましょう。例えばもっと明るい通りや人通りの多い場所を選ぶ、時間帯を変えるなどです。
 
こうして必要な対策を講じておくことで、万が一危険に直面したときにすぐに行動が取れるようになります。

もし自分の生活圏内に高いリスクがあることを知りながら何も対策を講じていないとします。もし帰宅中に誰かがあなたの後をつけてきたら、その場で何をすべきかを考え、意思決定しなければなりません。どこが明るい道か、警察署はどこか、どこに避難できる店があるかをその場で探すことになります。
 
でも、事前にリスク評価を行い、対策を立てていれば、そうした状況でも瞬時に行動できます。即座に行動し、自動的に適切な場所に行き、必要なことを行えます。パニック状態の中、何をすべきか考える必要がなくなるのです。
 
このように最も高いリスクに対して準備を整えることが大切です。これがリスク評価の基本です。

リスクに応じた持ち物や服装

次に持ち物の準備について考え始めます。身につける服装や靴、バッグ、護身グッズ(防犯アラームやフラッシュライトなど、国の法律に従って持ち運びが許可されているもの)などです。
 
護身グッズについて、国によっては催涙スプレーやスタンガンが合法だったり違法だったりと、ルールが異なります。何が合法で何が違法かを理解し自分が使える道具を把握することがまず重要です。

靴や服装も非常に重要です。動きやすい衣服を着て走りやすいシューズを履くのがどんな状況に対しても当然いい準備です。
 
しかし時にはハイヒールを履かなければならない日や、ドレスやタイトなパンツを着なければならない日、またはサンダルを履いて出かける時もあります。
 
その場合、例えばサンダルを履いていると走れないことを理解しているなら、それもリスク評価の結果です。普段よりリスクの低い場所や時間を通るなどして対策をします。
 
サンダルを履いているのにそのリスクを理解していないのは愚かです。リスクを理解し、それに対処する方法を考えることが重要です。これが、リスク評価と準備の基本です。

エブリデイキャリー

世の中には計画的な人がいます。翌日の準備をしっかりしてから寝たり、早起きしてその日の準備や計画に時間をかけたりします。こうした人は、日々の行動のリスク評価を行い、予定や行く場所、季節などを毎日分析して、それに基づく準備をします。
 
一方で、準備が苦手な人もいます。遅くまで起きて朝ギリギリまで寝ているところ、飛び起きて準備時間も無いまま歯も磨かず出て行くタイプです。
 
このタイプは、日常的に持ち歩くものや、常に準備しているものを決めておくと、いちいち必要なものを考える手間を省けます。(これをエブリデイ・キャリー「EDC」といいます。)選ぶ服や靴、バッグに入れるものは、シンプルで一貫性のあるものにしておくと良いでしょう。一貫性があるほど楽です。

↑2020/05/22のオンラインクラス↑
「EDC 万が一に備えて日々持ち歩くもの」
※マガジム会員の方はクラス予約システムの動画視聴メニューから「EDC」と検索するとご覧いただけます
 
靴や服、持ち物はすべて、リスク評価に基づいて、自分が感じる危険に対して準備を整えるのです。あれもこれもと過剰である必要はありません。携帯電話、財布、鍵など日々必ず持ち歩くものに加えて、安全上必要だと思うものだけを持ちましょう。

旅行時のリスクと備え

旅行の場合も考え方は同様です。旅行前にリサーチを行い、行く場所ややることを事前に理解しておきます。旅行の目的や同行者の有無、初めての場所か慣れているのかなどによってリスクは変わります。
 
ビジネス目的の場合、クライアントとの打合せや参加するセミナーなど、出張の目的に集中しているでしょうが、同時に自分の安全についても考える時間を設けるべきです。いくつかの企業では社員に代わって会社がセキュリティ対策を講じてくれますが、そのようなサポートがない場合は、自分でリスク評価と準備をしないといけません。自分の安全は自分の責任です。
 
リスクは国によって大きく異なります。さらに同じ国でも都市によって、同じ都市でもスポットによってリスクは変わりますので、細かな下調べが大切です。
 
例えばパリやローマの観光スポットなでは、スリが多いことを知っておくべきです。身体に危害を加えられる事は無いかも知れませんが、パスポートや重要書類が盗まれると、非常に困った状況になり、旅行が台無しになります。1人でもそうなると、グループ旅行の場合、他の人にも多大な迷惑をかけることになります。

特定の観光地でスリが多発することを知っていれば、貴重品を持ち歩かないなどの対策が取れます。高価な腕時計やバッグ、眼鏡などはホテルに置いておきましょう。大切なものを持ち歩かないことで、リスクを減らせます。
 
万が一、何かが盗まれた場合は追いかけるのではなく、警察に報告して冷静に対処することが大切です。外国で物を取り戻そうと追いかけることは、自分自身をさらに危険にさらす可能性があります。だから、もし何かが盗まれた場合は冷静になり、追いかけることを避けます。
 
例えば、スリのリスクが高い場所ではあえて安い時計やサングラスを身につけ、高価なものはホテルに置いてくる対策を施すとします。その場合、盗まれても問題ありません。盗まれたとしても追いかける必要はなく「まあ、いいや」と思えます。相手は目的を達成したと思い込むので追いかけたり争ったりする必要がなくなります。
事前にしっかりリスク評価を行うことで、良い判断を素早くできますが、リスク評価が不十分だと、判断が偏ったり悪い決断をしてしまうこともあります。事前のリスク評価と適切な準備をしておくことで、トラブルを避けることができます。
 
他にも、偽の財布を用意し、中に少しの現金と期限切れのカードを入れておく。いざという危険時は本物の財布を渡すのではなく、偽の財布を渡すことで、相手は満足し自分は無事に済むというわけです。
 
携帯も然りです。個人情報がたくさん詰まった携帯を取られては損害が甚大です。写真を撮ったり地図を調べるなど、外に見えるよう持ち歩くのものは、現地専用の普段とは別のものにするなどの対策も取れます。
 
これも事前にその場所のリスクを知ることによってとれる対策であり、物理的な衝突を避けるための準備です。非暴力的にトラブルを避ける方法を考えておくことが重要です。

クラヴマガはリスク回避の手段

さて、ここからはクラヴマガの話に移りましょう。リスク評価を行い、行動する場所や時間、持ち物の対策を施しても、身体的な被害のリスクはゼロにはなりません。
 
そのための備えがクラヴマガです。ではクラヴマガのどんな技術的が自分には必要でしょう。

自分の体力を知っておく

まずどんな技術より先に来るのは体力です。いざという時、どれくらいの距離をどれくらいの速さで走れるかを知っておくことが重要です。理由は明白、護身の目的は逃げる事だからです。



20年前の若い頃の記録ではなく、直近1ヶ月以内の自分の本当の体力を基に判断します。それにより、緊急時にどう行動すべきかを現実的に判断できます。
 
仮に同じ危険の状況に置かれたとしても、あなたの方が私よりも速く走れるならば、取るべきルートが異なります。また、壁を登ったり飛び降りたりする能力も重要です。その有無で、壁を超えて逃げれるルートがとれるかどうかが変わります。
 
体力や身体能力により、危険時の対処手段が変わることをご理解ください。

自分を過大評価しないこと

逃げることの次に来るのは交渉です。相手との接触が起きる前に、状況を和らげるために交渉することが非常に重要です。挑発したり煽ったりすることは避けましょう。状況をうまく解消して、最善の形でその場を離れることが大切です。
 
皆さんは自分なりのコミュニケーションスタイルや交渉方法を持っていると思いますが、お酒を飲んだ後など、自分が最良の判断を下せない状況もあります。そんな時は下手に話すよりも黙っている方が得策かもしれません。酔っていると、つい強気になったり余計なことを言いがちであり、然るべき対話ができないことがあります。

ですので自分を過大評価せず、いまおかれた状況や能力を正確に理解し、正直に向き合うことが非常に重要です。見栄を張って自分に嘘をつくと、リスク評価や準備が歪み、判断が誤り、悪い結果に直面することになります。

何の技術が本当に必要か

次は技術について考えましょう。クラヴマガにはたくさんの技術がありますが、リスク評価に従って自分にとって本当に必要なものは何なのかを冷静に考えることが大切です。
 
例えばリスク評価の結果、人に触られたり、つかまれたりすることが自分にとって高いリスクだとわかったなら、それに対処する技術に重点を置き、しっかり身につけましょう。


リストリリースを動画で確認↑

 

クラヴマガを代表するような銃に対する護身を学ぶことに多くの時間を費やしても、日本では銃犯罪の発生確率が極めて低いため、あまり意味がありません。銃の護身に長けていながらつかまれるリスクに対処できないのでは、本末転倒です。自分の環境や生活に関係ない技術を繰り返し練習しても、それは実際のリスクに対応できません。何が本当に必要なのか、自分に正直であることが第一歩です。

ロングガンの制圧を動画で確認↑
 

映画で見る派手でかっこいい技術は、カリキュラムの一部としては教えますが、実際には必要ないかもしれません。前回の「初心者が学ぶべきクラヴマガの基本」でも述べたとおり、もしかするとパンチすら不要なのかもしれません。

いつでも使えるように繰り返す

リスク評価の結果、腕を掴まれた時の離脱方法(リストリリース)が自分に必要な技だとわかったとします。では一度リストリリースを学んで基本を理解したとしても、それで満足しないでください。ストレス下や緊張状態で、または酔った状態や意識がはっきりしていない状態で使えるかどうかが重要です。
 
そのため、ただ学ぶだけでなく、あらゆる状況で自然にできるように繰り返す必要があります。これは「マッスルメモリー」と呼ばれるもので、たくさんの反復練習を繰りすことで、考えなくても身体が動きを記憶し、自然と再現できるということです。そうなって初めて、技術が身についたと言えます。

しかし、マッスルメモリーもブランクが長いと再現性に劣ります。例えばスキーを例に取ってみましょう。年に1~2回しかスキーをやらない人がシーズン初めに滑る時は初心者同然で、滑り方を忘れてしまってますよね。前年の最終日はとても上手かったはずが、数ヶ月のうちに身体が忘れてしまうのです。これと同じように、日常的に練習を続けないと、技術はすぐに鈍ります。
 
だからこそ繰り返し練習することが重要です。毎日でなくても良いので、できる限り頻繁に練習し、大きなブランクを空けないようにしましょう。
 
自分にとってハイリスクで必要な技術、例えばリストリリースやベアハグ、ナイフへの対処法がそれならば、特にそれらを重点的に練習するべきです。

打撃も必要なものを考える

パンチやキックなどの打撃技術も重要です。繰り返し練習することで、リスクに対処できる力を身につけることができます。
 
ただしタイトなジーンズを履いているときに足を高く上げるハイキックは難しいですよね。だからこそ打撃も、自分の日常生活での服装や靴を着用していたときに現実的に使えるかどうかが重要です。リスクへの備えとして本当に必要だと思われるものを重点的に練習してください。

最後に

このテーマに終わりがありません。少しでも興味がある人は、まずじっくり自分の生活に
おける現実的な危険を考え、カテゴリー分けをしてリスクの優先順位をつけることをお勧めします。
 
漠然とではなく、どんな危険が自分には現実的で、そのリスクへの対策として、どの程度の体力をつけるべきか、どんな技術ができるようになるべきかを自分自身でよく考えるのです。その作業無しに、あれもこれも身につけようと思っても全てが中途半端で、現実的なリスクに対応できないものになってしまいます。
 
繰り返しますが、その時大切なのは自分自身に正直であることです。現実を見誤るとリスク評価や準備が歪み、最終的な結果に悪影響を与えます。
 
クラヴマガをはじめとして護身術を身につけようと考えられる方は是非一度考えてみてください。護身術を学ぶ上で、自分にとって本当の目的が見つかると思います。

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この記事の監修者
ジュリアン リトルトン
南アフリカ生まれ。19歳よりイスラエル国防軍(Israeli Defense Forces)に従事。国境警備、空港警備、人質救護など、数々の危険度の高いミッションに携わってきたセキュリティーのスペシャリスト。日本在住者で彼以上にクラヴマガを体現している人物はいないといっていい人物。 2016年から2018年にかけては、他国の大統領警護チームに対する技術訓練責任者として従事。クラヴマガとその警護への応用はもちろん、セキュリティに関する広範な知識と技術を他国へも教授した。2018年よりマガジムでクラスを指導。実戦的過ぎるクラスは大好評で、マガジムインストラクター達へのクラヴマガの神髄を伝える役割も果たしている。
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